ぶれない男・西田武泰君

平成23年9月8日、葬儀会場の隣の席の福井隆彦君が君を評した言葉です。「ほんまやなー」とボクは相槌を打ちながら、君のことを思い浮かべていました。卒業から43年間、一度も途切れることもなく続いてきたボクたちの二茶会に君はほとんど出席で、ニコッと笑って奥さんとやって来て、「じゃあ!また」と、時には忙しそうに帰っていきました。
その忙しいのはお葬式での御師様の君の話、地元の大勢の方からの弔辞、弔電、供花、そして通夜を合わせての大勢の方の参列で理解できました。君は頼まれたことをイヤとは言えず、一杯、一杯、こなした上なので、いつの間にか君は引き受けざるをなしていました。これほど数多くの受賞に表れていて、厚生労働大臣表彰に平成18年の藍綬褒章という勲章で、ボクたちも誇らしさで喜びを分ち合いました。
写真は、平成23年6月5日、豊川陽久君の兵庫県歯科医師会会長当選祝賀会の神戸・神仙閣(天羽君撮影)のもので、美味しそうに紹興酒をお代わりしながら飲む君に「10月15・16日二茶会できたら会おう」と言って別れました。ところが8月29日、田村忠昭君から入院と聞き、みんなとお見舞いに行く間もなく9月5日早朝、君は早々に逝ってしまいました。
奥様の良子さんから葬儀のお礼の手紙に、2か月という短い闘病生活でしたが、主人らしい生き方だったと思っています。「68年間の間に自分の好きなこと、お酒も飲んだ、タバコも吸った(最後まで止められなかった)、遊びにも出かけた、自分の性に合っていたから滋賀県歯科医師会の専務理事、副会長等の職もやった、地元の役もやり終えた。お客様に十分とは言えないが一応、子どもたちも独立したし孫の顔も見られた。あとはゆっくりと余生を楽しむつもりだった」とつぶやいていた言葉が思い出されます、と書いてありました。
確かに、君は思ハンデがハンデと思わずに全力で、見事に駆け抜けていきました。昔、結婚式の司会のお礼に三重県の西本君宅へ向かう途中、おまわりさんにスピード違反で止められたときに、「まだ、(ギャンブルではなくて)サードならんやで!!」と文句を言った君も、今はもう、心おずに常に痛めた身体をゆっくり休めてください。ボクたちは良子さん、嫁いでいる長女・智子さん、西田歯科医院を継いでいる長男・武伝君、歯科医院を新規開業した次男・尚武君を遠くからですが見守っていきます。永隆院安寛泰然栄道居士、そちらからも見守っていて下さい。
(岸本博成 記)