寿歯会だより石原謙三君を偲ぶ
植田 貢君から石原謙三君の突然の計報を聞かされ、ただ呆然として二の句を告げられませんでした。彼はまた、自身の健康管理に人一倍熱心で、毎年人間ドックを受診していたのでなおさら残念でなりません。
さて、社交ダンス愛好家の彼とのつながりは学生時代に遡ります。それは大学のスポーツクラブ主催のダンスパーティ券を部活動援助の名目で強制的に買わされたことがありました。私はこの券を無駄にしてはいけないという思いと社交ダンスへの興味もあって、彼と2人で初心者用のダンス教室に一週間通うことになりました。パーティ会場は、大阪ミナミのダンスホール(美人座、メトロ、富士等現存していない)で場内は、相手のダンサーの顔もはっきりと見えない程にうす暗く、ごった返していました。まるで満員電車状態で、ステップどころではなかったように記憶しています。
私が65歳を過ぎておそまきながらダンスを本格的に習うようになり、彼とのダンス交流が始まりました。すなわち、お互いの所属するダンスサークル主催のパーティに交互に参加するようになりました。しかし、今後はダンス交流も叶わず、一層寂しさが募る思いがします。私のかけがえのない友人であった石原君のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
(代田基朔記)