咬龍会

昨年11月26日(土)に母校創立100周年記念第17回全国同窓会が開催された同夜、リーガロイヤルホテルにおきまして第19回咬龍会が開催されました。当日来賓と致しまして三谷 卓同窓会会長並びに太田謙司大阪府歯科医師会会長にご臨席を賜りましたが、残念ながら川添壽彬理事長・学長はスケジュールの都合がつかずお見えになれませんでした。

さて今回は全国同窓会の開催と相まって会員122名家族8名と、現会員の約半数近くが出席しました。案内では知らせていなかった記念写真の撮影を急遽決めましたので、受付では若干の混乱がありましたが、無事撮影も終わり、開会となりました。

まず物故者黙祷の後、弓倉威巳君の挨拶があり、引き続きまして来賓の三谷先生並びに太田先生からご挨拶を頂きました。さらに本年6月に厚生労働大臣賞を受賞された弓倉威巳君への記念品贈呈があり、森田英機君の乾杯発声で宴会がスタート致しました。あちらこちらで学生時代のグループの輪ができ、宴は盛り上がりを見せました。頃は牧野時代のこと、病院時代のこと、臨床の技術等の話になりますと、還暦を過ぎてこの歳になりますと、話題は自分の身体のこと、親のこと、さらには孫のことと、随分話が自分を取り巻く状況に移ってくるのが常のようですが、こ の日は全国同窓会とあってはしゃいだ感、はしロビーヤトイレで随分多くの先輩や後輩の先生方ともお目にかかり、こちらでも旧交を温め盛り上がりました。宴たけなわのうちにお開きの時間が迫り、樋口淳一君の閉会の挨拶で懇会のうちに無事終了致しました。

早いもので来年平成25年には卒後40年を迎えます。40周年記念大会につきましては今後役員会で検討して皆様方にご案内致しますので、多数の皆様方の出席を期待致しております。その時までそれぞれもご自愛を祈念致します。

            (多田 逸 記)

追悼(訃報)

近2年の物故者は永森忠博君(平成22年4月7日)、澤田知生君(平成23年1月24日)、平井善雄君(平成23年11月7日)、切石雅也君(平成24年1月13日)、美登路雄一君(平成24年1月19日)の5名の方々であります。謹んでご冥福をお祈り致します。

なお、佐野正雄君より追悼文が寄せられましたので、原文のまま掲載致します。


澤田知生君を偲ぶ

「きのう、澤田君が亡くなった」と、高校時代の友人からの電話がかかってきたのは平成23年1月24日午前の診療中のことだった。突然の訃報に、驚きと共に在りし日の君の姿が走馬灯のように流れた。

君がガンを患っていると知ったのは平成20年に君からの年賀ハガキの片隅に「抗ガン剤の治療中です」と記されていたのを見た時で、びっくりし早速見舞いの君を見舞いに行った。その時はとても元気な様子で元職きいし、しばらくすれば退院できると言っていたので安心していたのだが…。
そして1年半後、奥様から喉頭ガンで再入院し手術をしたと知らされ、友人達と病院へ見舞いに行ったが、その頃の君は長年の喫煙が口に出せなかったせいかそうとうな状態でとても励ますしかなかった。

大学時代、僕の記憶では君は一人でいる時が多く、友人との付き合いはあまりなかったように思う。また、一時不登校の時期があったため高校時代からの同級生として相談相手になる等、ただ傍観者でしかなかった自分が今も時々とても悔やまれる。
卒業後は賀状や同窓会等でお互いの近況を語り合い、旧交を温めていったが、いつも飲み会では君の言うままに付いて新地の飲食屋に誘ってくれ、またある時は同窓生連中を競馬へ連れて行ってくれたりと、学生時代の君のイメージとは違った一面を見せてくれ、少々驚いたものであった。
今は永きにわたって苦しんだ闘病生活から解放され、千の風に乗り、好きだった沖縄旅行や競馬を楽しんで下さい。そして、いつも傍らで看病して支えてこられた奥様を天国から見守ってあげて下さい。

(佐野正雄記)