庚申会

庚申会の皆様御元気ですか。この33年間、いろんなメッセージをこの同窓会報を通じて書かせていただいたことに深く感謝致します。この「癸巳」(みずのとみ・きし)を以ってひとつの「節」 目にしたいと思います。新年は、干支からいいますと、「基準、法則に則り筋道を立て、抵抗があっても、進取創造的に物事を推進する年」であります。30余年送り続けてきたメッセージを「思想が偏っている」など、諸先輩から多くの批判をいただいたことを有難いと思っております。愚生のいいたいことは、難しいことではなくて、この「命」を借りて、「永遠なもの」と「永遠でないもの」とを理解できる「智慧」を持った「庚申会」になれば、「庚申会」の「縁」は、いつまでも無駄な事、無駄な時ではなかったことが、やがてわかる日が来るかもしれないので、「庚申会」の事に関心を持ち、出来ることがあれば「心を尽くす」ことをしてほしいと願っているということなのです。前号の「真空歌」は、味わい深いものがあります。さて、昨年の庚申会の総会は、リーガロイヤルホテルの一室で、黒田収平君が議長となり、愚生の挨拶、角田君の会務報告(弔意の黙祷が増えました。)、西藤君の会計報告、米谷君の学内報告、有田君への祝金の決定、大塚君の当日の懇親会の段取りの詳細説明等々、滞りなく終わりました。
懇親会は、「有田憲司君の教授就任祝賀会」として開催されました。祝賀会は、小児歯科学講座同門会、教室並びに美術部との合同で開かれました。母校から理事長・学長 川添堯彬先生をはじめ、日本小児歯科学会理事長 山崎要一先生、同窓会長 三谷 卓先生、大阪府歯科医師会長 太田謙司先生、徳大名誉教授西野瑞穗先生、米国Texas A&M 大学前教授岡部 徹先生(夫婦)、台湾高雄医大教授黄 純徳先生、徳大「すだち会」 会長 東條多恵先生、美術部顧問 額田晃作先生、さらに母校から(順不同) 田中昭男教授、神原正樹教授、佐ノ木幸夫教授、諏訪文彦教授、覚道健治教授、福島久典教授、岩井康智教授、池尾隆教授、西川泰央教授、小正裕教授、森田章介教授、小谷順一郎教授、川合進二郎教授 清水谷公成教授、武田昭二教授、藤原眞一教授、田中昌博教授、梅田 誠教授、辻林徹教授、前田照太教授、樫則章教授、馬場俊輔教授、方一如教授、小出 武教授等々、他多数の来賓の先生方、並びに、講座、同門会、講座美術部OBの先生方の御出席に改めて心より御礼申し上げます。ご来賓の方々の祝辞は、有田君、有田夫人への励ましとなったことと思います。庚申会のみんなにとっても、160余名の方々と一席を共にしたことは、生涯に残る思い出になったことでしょう。
この会を開催するにあたって、少しでも倹約し、一人でも多くの庚申会のみんなに参加してほしいと考え、また同門会との和合に時間と労力を一番に費やしてくれたのは、大塚君であり、「公」に徹し「私」を無くした行動に深く感銘致しました。愚生は「庚申会」の一会員であったことに感謝し、又、誇りに思います。確かに天候は「嵐」ではありましたが、雨と風で、悪い物を一掃し、地固まった会であったと信じます。小児歯科学同門会相談役の森谷泰之先生をはじめ、本当に皆様御苦労様でした。

ところで、この会が終わって「中野俊太郎」君が亡くなったことを耳にしたので、宮沢君に電話すると、2010年11月29日に他界していたと知らされました。中野君とは実習が近かったのですが、彼は口数が少なく、卒後も同窓会とは疎遠でありました。他のことは思い出せないのですが、六回生の夏、国試の全国のネットワークを大歯中心にするにはどうしたらよいかと四六時中考えていた時(こういう考えが、よいとは言えません。後々反省し、現在に至っております。)、「甲子園浜」のプールに誘ってくれたことを思い出します。プールで泳ぐ気分ではなくて、半年後全員一緒に卒業し、合格するにはどうしたらいいか、実技はどうするのか等々考えていたところ、中道君が、「とにかく行ってこい」とアドバイスしてくれたので、夏の暑い日に俊太郎君のカブに水着のまま二人乗りしてプールに連れだったことを思い出
します。どう泳いだかは忘れましたが、あの日が「転換点」というべきでしょう。言葉数は少なかったが、半日付き合ってくれて、「俊太郎、有難う」。寂しい別れです。中野君との関係で、いろいろと気分を害した方があったかもしれませんが、水に流して、みんなで「冥福」を祈ってやっていただけたらと御願いもうしあげます。
私たちの世の中での仕事といわれるものは、悠久の時の流れに中では何も残りはしません。iPS細胞においてもそれは「命」の「妙」なのであって一つの過程です。残るのは「心」です。
傷日・・「身是菩提樹、心如明鏡台、時時勤払拭、勿使惹塵埃」
偶日・・「菩提本無樹、明鏡亦非台。本来無一物、何処惹塵埃」
傷曰・・「一切有為法、如夢幻泡影、如露亦如電、應作如是觀」
最後にもう一度「真空歌」を送ります。
「天也空、地也空、人生渺渺在其中?日也空、月也空、東昇西墜為誰功?田也空、地也空、換了多少主人翁?金也空、銀也空、死後何曾在手中?妻也空、子也空、黄泉路上不相逢?朝走西、暮走東、人生猶如採花蜂?採得百花成蜜後、到頭辛苦一場空?」
この大激動期にこそ、「良心」に恥じない生き方をしたいものです。
(掬水聞香 永谷敏記)