学術講演会

令和4年度 大阪歯科大学同窓会 学術講演会

概要

「切れ目のない歯科健診で人生100年を」~約24万人のレセプトデータ解析より~

日 時:令和4年10月15日(土)午後4時45分~5時30分

場 所:リーガロイヤルホテル(大阪市北区中之島)

講 師: サンスター株式会社 研究開発統括部 石川未希

 講師の石川美希先生は、約24万人を対象としたレセプトの解析結果を基に2021年に2件の論文を発表されました。この度はこれらの研究結果をご紹介いただきました。

 石川先生は、2016年に発表された”歯数と医科医療費の関係”についての先行研究を参考にされ、複数の健康保険組合より寄せられた20歳から74歳までの歯科レセプト、健診データベースを用いて、口腔状態(歯数・咬合)と医科医療費の関係、そして血糖コントロール・肥満と歯数の関係について研究されました。

 検証にあたり、調査対象を性別、年代別に分類し、さらにA1、A2、A3、B、Cの5段階の咬合支持分類(アイヒナー分類)を用いて、医科医療費との関連を分析されました。分析結果は次のとおりです。

〈1〉口腔状態(歯数・咬合)と医科医療費の関係について

 歯数が多い、あるいは咬合状態が良い人ほど、医科医療費は有意に低く、歯が数本抜けた程度や、咬合支持域がすべて揃ったA分類の中でも差が認められた。また、歯数が同じ程度でも咬合状態が異なる場合、咬合状態が良い方が医科医療費は低くなる。

 口腔状態の実態として、歯の喪失は40歳頃から始まり、男性の方が早く始まる。臼歯のすべての咬合が揃っている人は60代以降で6割程度まで低下し、その減少は40代から既に始まっている。

 このことにより、職域の世代のような若い世代においても、歯数と、臼歯を中心とした咬合を維持することは、口腔の健康のみならず全身の健康においても重要であると強調されました。

〈2〉血糖コントロール・肥満が現在歯数に及ぼす影響について

 20代を除くすべての年代において、HbA1cが高いほど歯数は少ない。血糖コントロールが悪い人は、30代という早期から歯を失っている。また、空腹時血糖(FPG)についても、30代以上で血糖レベルと歯数には負の関連があった。40代から60代における糖尿病予備群(110-125mg/dl)も、正常域群に比べて歯数が少なかった。さらに、高血糖はそれだけで歯数減少のリスクであるが、高血糖と喫煙の条件が重なると歯の喪失リスクはさらに高まる。

 血糖指標やBMIが高いほど歯数は少なくなり、高血糖では30代、肥満では40代という早期から、大臼歯を中心とした保有率の低下が認められた。今や肥満は国民の2~3割に該当するといわれます。肥満が原因で一気に病気になるわけではありませんが、生活をしていく中で、高血糖、高血圧、脂質異常症、動脈硬化、脳卒中、心不全など、まるでドミノ倒しのように連鎖的に病気を発症していきます。このことをメタボリックドミノと称し、肥満は多くの重大な病気の出発点であることを表現しています。

 全身の健康を維持するためには、歯数だけでなく咬合(噛める力)も重要であり、しっかり噛める状態で歯を残すことが大切です。また、肥満や糖尿病をふくむ予備群の人の歯の喪失を予防するためには、生活習慣の改善に加えて早期からの定期的な歯科健診や奥歯を中心としたセルフケアが重要であると解説されました。

 この度、24万人ものレセプトデータを活用した調査により、数値化された詳しい分析結果をわかりやすく学ばせていただきました。ここ数年、‘人生100年時代’と言われますが、平均寿命と健康寿命との差には大きな隔たりがあります。健康上の問題で日常生活が制限されることなく暮らしたいと誰もが願っています。

 ”あしたのhealthは今日のmouthから’”…… 我々歯科医師は、お口は元より患者様の全身の健康を担っています。このことを自負し、患者様のために、生活習慣の改善と、口腔内の健康を保つための定期的な歯科健診、メンテナンスの重要性を働きかけることが必要だとあらためて感じました。患者様とともに健やかな人生100年を目指して日々向き合っていきたいと思います。

学術部 水川健司(大29回)

平成30年度 大阪歯科大学同窓会 学術講演会

地域包括ケアシステムにおける医療、介護、生活支援連携の在り方
 日 時 平成30年4月14日(土)
 場 所 大阪歯科大学 天満橋学舎
 講 師 筒井孝子先生

 平成30年4月14日、第1回常務理事・理事(合同会議)開催に合わせて、本学天満学舎にて「地域包括ケアシステムにおける医療、介護、生活支援連携の在り方」と題した講演会が盛況に開催されました。
 最初に、生駒等会長より開会のご挨拶を頂いた後、筒井孝子先生の講演が始まりました。
 講師の筒井孝子先生は、政府の要職を数多く歴任され、現在は『地域包括ケアシステム、地域医療を支える理論構築及びこの実践への応用に関する研究』を進めておられます。
 講演の主なテーマは、以下のとおりです。
 1. 診療報酬改定の背景~地域間の医療・介護格差
 2. 診療報酬改定①医科:入院医療を中心に
 3. 診療報酬改定②歯科:地域包括ケアシステムを中心に
 4. 医療提供体制と今後の方向性
 講演は、図解を用いながら「持続可能な社会保障のために、つまり少子高齢化社会が進展していく中で、国民皆保険を堅持していくために財政主導ではなく、医療側から過不足のない適切な医療を提言していくことが大事である」という内容から始まり、最後に、①財政の歳出超過の是正のために、社会保障費用の多くを占める医療・介護費用の適正化への圧力は続く。②効率的で効果的な診療が求められているが、地域医療ビジョンや診療報酬改定によって、機能分化が進められる中で医療機関や歯科医院、介護事業所においては、地域内でのポジショニングが重要になる。③サービスマネジメントにおいて、今後最も重要と考えられるのは、患者の治療への参画であると提言されています。
 診療報酬改定の背景と、今後の医療提供体制と方向性が示された大変有意義な講演でした。

平成29年度 大阪歯科大学同窓会 学術部特別講演

スポーツ歯科の行方
-アスリートや国民の健康保持に対する歯科的貢献を考える-
 日 時 平成29年9月10日(日)
 場 所 大阪歯科大学 天満橋学舎
 講 師 太田謙司先生

 平成29年9月10日、本学天満橋学舎にて、上記研修会が開催された。
 猛暑の中にも関わらず、会場あふれんばかりの参加者を得て盛況に行うことが出来た。生野副会長から、本講演会の企画趣旨説明を含めた開会の挨拶があり、講演は始まった。
 近年、多領域連携の中での保健医療が求められるようになってきている。また、同窓会設立100周年を迎える2020年には、東京オリンピック・パラリンピックが開催される。そのような背景の中で、我々歯科医師に求められるところは多大である。
 今回の講師は、大阪府歯科医師会会長の太田謙司先生である。先生は、ご自身がスポーツ デンティストでもあられ、日本歯科医師会スポーツ歯科委員会委員長・スポーツデンティスト協議会会長である。正に日本のスポーツ歯科のけん引役である。お話は、その沿革から始まり永い歴史があり、現在では多くの歯科医師が指導的な立場で活躍していることに触れられた。ご自身が、日々医政に携わっておられることから、政治・行政に対してオリンピック・パラリンピック等の国際的イベントでの歯科的貢献の必要性をアッピールされている旨のご報告もあった。また、生活習慣病と運動療法についても触れられ、ご自身の体験を含めたお話は非常に興味深いものであった。そして、我々も日常対応する可能性の高いマウスガードについては、市販の物との差やドーピング問題に関しても説明があった。ご講演の最終段階では、スポーツ歯学の向かう道として、近年叫ばれているロコモティブシンドローム・サルコぺニア・オーラルフレイル等に対しての歯科的アプローチの重要性についてもお話があり、多領域連携での対応の必要性について強調された。講演終了後の質疑応答でも、活発な意見交換が成され、熱の籠った中で終了を迎えた。
 今回のご講演を期に、スポーツ歯学を単に一つのカテゴリーとして捉えるのではなく、包括的医療ケアーの中での継続的な取り組みが我々に求められていることを痛感させられた。

平成28年度 大阪歯科大学同窓会 学術研修会

チーム医療で取り組む「予知性の高いインプラント療法」
 日 時 平成29年2月 25日(土)
 場 所 大阪歯科大学 創立100周年記念館
 講 師 小宮山彌太郎先生
     山口千緒里先生

 平成29年2月25日に本学100周年記念館にて平成28年度大阪歯科大学同窓会学術研修会が開催された。テーマはインプラント療法である。「またインプラントか!」・「今更インプラントか!」と思われるかもしれない。しかしながら、今回の研修会の目的は、インプラント治療のスキルアップをする為のものではなく、インプラント治療のあるべき姿を見つめ直すこと。加えて、チーム医療で取り組むことの意義を考えることである。近年インプラント療法は、非難の的になりがちな風潮がある。時として同業者の歯科医からまで非難を浴びることすらある。
 そこで、日本における現代インプラント療法の草分けである小宮山彌太郎先生と、先生の臨床をチーム医療スタッフとして支えておられる歯科衛生士の山口千緒里先生にそれぞれの立場から講演をして頂いた。
 小宮山先生からブローネマルク教授により確立されたオッセオインテグレーションインプラントシステムの沿革が紹介された。そして、そのインプラントシステムが持つ独自性から励行すべき臨床術式・注意ポイント等が、ご自身の豊富な症例を題材に紹介された。お話の中には、ここ30年余りで不分明なエビデンスの基に提唱されている誤ったコンセプトや患者優先ではない治療が横行していることを危惧する旨のお話があった。また、デンタルインプラント自身が異種物質の生態介入であることから、施術やケアーに関しては最大限の考慮を要することも強調されていた。
 後段では、山口千緒里先生から歯科衛生士の立場からお話を頂戴した。インプラント治療は、少なからず観血処置を伴うものである。すなはち、手術環境や器具等の消毒・衛生管理は死守すべき項目である。先生は、滅菌技士の有資格者であり、清潔環境の必要性や具備条件等について日常のご自身の業務を供覧し、丁寧に示されていた。また、長期予後の向上の要となる衛生指導・メインテナンスの勘所についても詳細に示されていた。
 ご両人のお話の後に行われたディスカッションの時間では、熱心な意見交換が行われ、厳冬の中にもかかわらず熱もこもった雰囲気で閉会を迎えた。ご高話を頂いた小宮山先生と山口先生、そしてご参加を頂いた先生方やスタッフの方々に感謝を申し上げる次第である。

平成27年度 大阪歯科大学同窓会 学術部特別講演

第1回
2025年を見据えて、次代の歯科医療に求められるもの〜異分野との連携〜
平成27年5月24日(日) 大阪歯科大学 創立100周年記念館

 5月24日(日)大阪歯科大学同窓会特別講演が100周年記念会館で開催されました。

 当日は100名を超える受講者にご参加いただきました。10年後の2025年、必ず訪れる2025年問題に対して、歯科医師がどうやって関わっていくのかを異分野の連携という視点から語っていただきました。

 トヨタ記念病院 口腔外科部長の牧野真也先生は、医科歯科連携からの本当の意味でのチーム医療の実践を、地域包括ケアの観点で解説していただきました。たとえ個人開業であっても連携は可能であり、TOYOTAを母体とする戦略的医療施設でのデータは納得いくものばかりでした。

 資生堂 新規事業開発室 医学博士の池山和幸氏は、リーディングブランドとしての化粧品販売から医療介護の分野に参入し、科学的根拠に基づいた研究実績をあげられ、専門分野だけの発想では到底想像もつかない方法で、介護者のADL指数の向上に貢献できることを教示していただきました。
「一瞬も、一生も美しく」資生堂のコンセプトは人として生きるために必要なエッセンスが詰まっていると感じさせるものでした

 Willmake143 代表の田中健児氏は、北は北海道から南は沖縄まで、幅広く医院経営について、アドバイスをしてきた実績から未来を読み解き、どんな歯科医院が求められているのかを示するものでした。特に「待合室」の可能性についてのお話は目から鱗がでる思いで、明日からでもすぐに実践できることばかりでした。

 今回、みなさんが楽しそうに受講しておられる姿を拝見し、本当に嬉しく思います。
今後も大阪府同窓会青年部で、若手向けの企画を打ち出していきますので、第2回の「三叉神経損傷は治療すべきか?」も是非ご受講ください。

第2回
三叉神経損傷は治療すべきか?
平成27年8月 8日(土) 大阪歯科大学 創立100周年記念館

 例年にないうだるような猛暑の中、今年度の第2回学術部特別講演が創立100周年記念館大講義室が8月8日(日に開催された。

 瀬尾教授の抄録によると、口腔外科手術や局所麻酔などにより三叉神経はしばしば損傷を受ける。これらは口腔顔面領域の感覚喪失や神経障害性疼痛に加え、「しびれ」という異常感覚をも生じさせる。しかしすべてが治療対象となるかという問いには、Noと答える。これは単純なNoではなく、「○○による治療」の必要性を理解して欲しいとのご発言であった。まず、神経損傷から再生に関する機序が解説され、とくにニューロンの成長に関与するBDNF(神経栄養因子)の発現様相が重要であり、その他の因子(NGF、NT3)についても最新データに基づいて説明された。また、神経再生時には神経腫が発生するが、その際の炎症抑制も非常に重要なテーマで、さらに症状の変化を詳細に捉える重要性も提唱された。近年、MRIを応用したニューログラフィによる可視化も可能であり、評価に関する最新の研究に驚愕する次第であった。

 治療に関しては瀬尾教授が熱望しているガイドラインが学会レベルで依然整備されておらず、手術療法をはじめとする術式の確立に腐心されている様子がうかがえた。ただ、患者QOL向上の目的などから、モントリオール宣言の積極的な採択により、全人的な医療に取り組んでおられ、われわれ臨床医も十分見習わなければならないものと思われた。

 全体で3時間という長丁場の講演であったが、基礎的研究から臨床経験に基づいて詳細に解説していただき、非常に有意義な講演会であった。講演終了後はプラザ14での懇親会も開催され、参加された会員からの質疑応答に快くお答えいただく瀬尾教授に深く感謝し、大阪歯科大学同窓会学術部の夏の一大イベントが終了した。

平成26年度大阪歯科学会大会・大阪歯科大学同窓会学術研修会

「歯科基礎医学における最新の動向」

11月15日(土)に、大阪歯科大学創立100周年記念館で、平成26年度大阪歯科学会大会・大阪歯科大学同窓会学術研修会が、大学関係者ならびに多くの同窓会員参加を得て盛況に開催された。
今回は、福島久典学会長の企画で「歯科基礎医学における最新の動向」と題し、ここ20年間での基礎歯学の変遷について、細菌学、生理学、生化学、口腔解剖学、口腔衛生学の5名の講師により研究成果を中心に発表された。
歯科医療における基礎歯学研究の重要性が改めて認識された、大変興味深く意義ある研修会となった。

細菌学研究の最新動向

メタゲノム解析により齢蝕・歯周炎の病因論は変わる
大阪歯科大学細菌学講座 准教授山中武志

ヒトの体に定着し、私たちと共に暮らす常在細菌は、一説によりますと体重のおよそ1.5kgを占めると言われています。常在細菌叢を構成する細菌の種類や、さまざまな内因感染症との因果関係につきましては、これまでに細菌培養法による詳細な検討が行われて来ました。近年この研究基盤に加え、メタゲノム解析という、細菌培養を介さずに多菌種からなる常在細菌叢の細菌遺伝子配列を個々に読取る方法が開発されました。この新手法による網羅的解析は、新たな角度から常在細菌叢と宿主との関係を探る端緒を与えてくれています。

プラーク形成メカニズムとしては、ミュータンスレンサ球菌が歯面に付着し、ショ糖を用いて不溶性グルカンを形成したところに他の多くの細菌が定着・増殖することで、プラークが成熟するというモデルが知られていますが、近年の研究では、清掃した歯面にまず最初に定着する、いわゆるイニシャルコロナイザーと呼ばれる細菌グループにミユータンスレンサ球菌は含まれないことが明らかとなっております。

ミュータンスレンサ球菌は齪蝕原性細菌ですが、鶴蝕病巣においては優位菌ではなく、鰯蝕は細菌分布の観点から乳酸桿菌優位、プレボテラ優位、レンサ球菌(ミユータンス菌以外)優位の3つのタイプに分類できることも示唆されています。

最近の知見では、歯面に初期付着する細菌として、レンサ球菌(サンギニス、パラサンギニス、オラリス、ミティス)、アクチノマイセス、ロシア、ジェメラ、ナイセリア、偏性嫌気性菌のプレボテラ、ベイヨネラが知られるようになりました。さらに、我々の研究により、イニシャルコロナイザーの多くが、ショ糖が存在しなくても菌体外に多糖を合成し、単独でバイオフィルムを形成することが判明しました。アクチノマイセス、ロシアは健康な口腔常在細菌叢の中核を成すと考えられておりますが、一方で、根尖などに感染が及ぶと、難治性のバイオフィルム感染を引き起こすことも明らかにしてまいりました。

私達が研究の目玉としておりますプレボテラ・インターメディアは、黒色色素を産生する偏性嫌気性グラム陰性桿菌で、歯周病原細菌として知られておりますが、イニシャルコロナイザーの一員として歯面に早期に定着し、マンノースを主鎖とする強固なバイオフィルムを形成します。そのマウスにおける膿瘍形成誘導は、同じ歯周病原細菌のポルフィロモナス・ジンジバーリスより100倍以上強いことも明らかにしてまいりました。唾液細菌としては口腔レンサ球菌と同程度の比率で存在すること、一部の罷蝕病巣では優位菌であること、肺炎レンサ球菌とともに誤嚥性肺炎を引起すことも示されており、常在細菌叢におけるう。レボテラの役割については興味深い新知見が蓄積しております。

口腔バイオフィルム研究が難しい理由は、すべての細菌が自然環境下で示すバイオフィルム形成性が、実験室の培養環境では瞬く間に失われてしまうことにあります。従って、臨床医と密接に連携を取りながら、「これは怪しい」と思われる臨床分離株に対して一気呵成に研究を推し進めるパワーが求められます。また、口腔常在細菌の多くは培養困難菌であり、従来の培養法のみではなかなか口腔マイクロバイオームの全容を把握することが出来ませんでした。今後は、従来の研究手法と次世代シークエンサーを駆使したメタゲノム解析を組み合わせることで、口腔バイオフイルム感染症と常在細菌についての新たな知見が得られるものと考えております。常在細菌叢の変動解析を個別に行えるようになれば、ストレス状態や口腔感染症に対するリスク評価にもつながると期待しております。

歯周組織再生療法の展望
大阪歯科大学生化学講座 講師合田征司

歯周炎により生じた歯周組織への外科的処置として切除術、組織の回復を目的とした歯肉や骨の移植歯周組織誘導法、生体材料を用いた歯周組織再生療法と進歩してきました。しかし、現状では症例によっては骨の再生は困難です。そのために歯周組織再生の研究は骨再生に注目した研究が広く行われています。歯槽骨は、骨吸収と骨形成の均衡を保ちながら再構築を繰り返しており(骨のリモデリング)、骨吸収と形成は互いに密に関連しています。よって、骨の再生を考える際にも“骨吸収”を無視することは出来ないと考えています。

現在、歯周組織再生療法に多く用いられているエムドゲインは、硬組織であるセメント質だけでなく歯槽骨の再生を認める症例も数多く報告されています。In vivoの研究においてもエムドゲインは骨芽細胞を活性化し、骨形成の指標であるアルカリフオスフアターゼ、オステオカルシン、I型コラーゲンなどの発現を増加させ、骨の再生を促進することが報告されています。

タンパク質分解酵素でありマトリックス分解酵素であるマトリツクスメタロプロテアーゼMMPsは、結合組織のリモデリングや炎症に深く関わり、骨に存在する有機成分を分解し吸収を促す酵素であります。そこでMMPsにおける骨芽細胞とエムドゲインの関連性について研究を行いました。骨芽細胞おいてエムドゲイン刺激によりMMP-1・iaMMP-3の産生が増強する結果を得ています。臨床においては、エムドゲイン単独による骨再生誘導は十分ではなく、骨移植および骨補填材の併用を必要とすることも周知の事実です。

しかし、エムドゲインと自家骨移植は、エムドゲイン単独と比較して同程度の骨再生しか認められません。そこで我々は、さらにエムドゲインが骨芽細胞に及ぼす影響を検討しました。エムドゲインは骨芽細胞の遊走能を増加ました。MMP-1は、細胞表面に存在するαインテグリンと結合すること、さらに、エムドゲインにより産生した活性化したMMPが歯周組織の主成分であるI型コラーゲンを分解することも明らかにしました。エムドゲインが骨芽細胞を活性化し骨の再生を促進しているだけでなく、骨芽細胞は産生したMMP-1と結合しI型コラーゲンの分解を促進することが示唆されました。エムドゲインと自家骨移植との併用の有用性がない理由には、エムドゲインのMMPの産生が影響を及ぼしている可能性が示唆されていることから、継続して研究を行っている現状です。

痛みとグリア細胞
大阪歯科大学口腔解剖学講座 講師中塚美智子

「グリア細胞」とは何でしょうか。グリア細胞は神経細胞とともに中枢神経系を構成している細胞で、その数は神経細胞の約10倍と言われています。「グリア」という名前の由来はギリシャ語で「糊」を表すglueです。このことが示すように、従来グリア細胞は神経細胞と神経細胞の伱間を埋める糊のようなもので、神経細胞に栄養を運んだり、軸索を絶縁して神経組織を保持したりするものと考えられてきました。しかし、近年グリア細胞には多様な神経伝達物質の受容体が発現していることが分かってきました。また、グリア細胞自らグルタミン酸やアデノシン三リン酸(ATP)などの神経伝達物質やサイトカインを遊離していることも明らかになっています。

このため、現在ではグリア細胞は神経細胞と常にシグナルのやりとりをし、脳の活動に積極的に関与していると考えられるようになりました。特に、中枢神経系における神経活動の増強にグリア細胞が一翼を担っている可能性が示唆されています。末梢神経が損傷したり、末梢の組織に炎症が起こったりするとグリア細胞が活性化し、神経活動に影響を及ぼすことが明らかになってきました。例えば、グリア細胞の1つであるアストロサイトは、細胞内情報伝達物質として重要である細胞内力ルシウムイオンの濃度を変化させ、神経細胞の電気的興菫を調節する物質を出して神経細胞の活動を調節しています。またマイクログ、リアは傷害を受けた神経細胞から出されるATPを感知して活性化し、生体内における炎症を引き起こす生理活性物質である炎症性サイトカインを放出します。

歯科分野においてもグリア細胞と痛みとのかかわりがクローズアップされ、研究が行われています。動物実験において、歯髄を損傷させた時に、延髄にある三伹神経育髄路核尾側亜核に存在するグリア細胞が可塑的変化をしていることが分かりました。三伹神経青髄路核尾側亜核は、顎顔面領域の痛みの伝達に重要な役割を果たしているとされている部位です。また我々の実験においても、口腔粘膜や咀噌筋に侵害刺激を加えた時に、三伹神経青髄路核尾側亜核に存在するグリア細胞が活性化し、その状態が1週間以上持続していました。逆にこの時、末梢側の口腔粘膜や咀I爵筋の傷および局所の炎症はこれほど長くは続いていませんでした。一方舌神経を損傷させたモデルでは、三伹神経脊髄路核尾側亜核を含めた三伹神経感覚核群においてグリア細胞の活性化がみられ、やはり活性化が1週間以上持続したと報告されています。

これらの結果より、グリア細胞が顎顔面領域の炎症性瘤痛や神経因性瘤痛、ひいては慢性痛や痛覚過敏の発現に関与しているのではないかと考えられています。今回は「痛みとグリア細胞」と題し、近年明らかになってきた瘤痛の発現とそれに係わるグリア細胞の役割など最新の知見について、我々の実験結果も含めて紹介します。

腫液の新しい役割生体情報としての唾液
大阪歯科大学生理学講座 准教授内橋賢二

唾液は口腔環境そのものであり、その質と量の良好性は口腔の正常機能の維持に重要である事は周知の通りである。唾液の分泌量は一日に1L以上とされているが、そのほとんどは口腔に留まることなく、安静時では一定時間口腔内に留まった後に、摂食時では食塊と共に消化管へ流れ込み、分泌量や組成は体性感覚、特殊感覚からの入力による反射性のものだけでなく、情動や環境変化の影響も受けやすいので同じ個体でも変動が激しい。また口腔が機能している時の唾液は採取することが困難なので、研究を進めるうえにおいて留意すべき点は多岐にわたる。

唾液は腺房部細胞で生成され口腔に供給されるが、その原材料は水を含め血漿由来物質である。唾液成分には血漿由来物質が、「腺組織をそのまま通過したもの」あるいは「腺細胞で合成されたもの」があり、酵素やホルモンなど様々な高分子物質を含んでいる。とくに、量的にはわずかであるが、糖タンパク質および高プロリンタンパク質は歯や口腔軟組織の保護・円滑機能を有し、さらに血漿由来および唾液腺細胞由来の抗菌因子も多種含み、口腔機能の維持のみならず免疫機構においても重要な役割を果している。
このように唾液の生理的役割についての研究が進む中、歯科臨床分野では唾液によるスクリーニングテストが古くから試みられ、チエアサイドでの蛎蝕リスク検査や歯周病の進行度の診査検体としても、その応用が確立されているものも多数ある。一方、最近では唾液プロテオーム(全蛋白質解析)の研究が盛んに行われ、口腔疾患の診断や客観的な治療評価が可能になることが示唆されており、非侵雲性に採取できる唾液によるスクリーニングテストが血液に代る有力なバイオマーカーとして認知され、その応用範囲が拡大しつつある。

現在、唾液中に出現するバイオマーカーとして実用されているものには、HIV-1抗体、HAV抗体、HBSAG抗体、GIucoSe,Helicobacter pylori抗体、各種腫瘍マーカーなどがある。また唾液中コルチゾール、ラクトフエリンおよびアミラーゼは精神性ストレスのバイオマーカーマーとして注目をあびており、唾液は様々な疾患の診断およびリスクファクターを知る手がかりになる可能性がある。
以上のように、唾液成分の分子化学的解析から唾液の応用が多岐にわたり、重要な役割を担えることが分かってきた。今後は簡単に採取できる「バイオマーカーとしての唾液」による多種多様なスクリーニングテストでの応用が拡大され、さらにそれらのデータ蓄積が進めば、病変の早期発見・治療に貢献できる可能性が大きい。

初期齲蝕の診査・定量法について
大阪歯科大学口腔衛生学講座 講師土居實士

近年、欧米諸国や我が国においても齲口のの罹患状態が減少しており、2011年歯科疾患実態調査では、3歳児の一人平均齲蝕経験歯数は0.7歯、12歳児では1.4歯に減少しています。齲蝕減少の背景には、フッ化物応用の普及や口腔保健行動が普及・定着したことなどが報告されていますが、齲蝕の発生・進行プロセスが明らかにされたことが最も大きな要因であると考えられます。しかし、Pittsは、一人平均齲蝕経験歯数で表わされる齲蝕は減少しているが、臨床的に検出される齲蝕は氷山の一角であり、水面下に存在する潜在的な齲蝕(初期齲蝕)を検出・管理することが重要であると提唱しています。しかし、臨床や多くの疫学調査では、実質欠損や治療痕の有無等から齲蝕経験によって齲蝕の罹患状態が表現されており、初期齲蝕の状態を診査する方法ではありません。

現在、初期齪蝕の診査方法は視診と機器による診査の2つに分類されます。
International Caries Detection and Assessment System (ICDAS)齲蝕発生・進行プロセスに基づいて視
診によって歯を診査し、検出された初期露蝕の活動性を評価する新しい診査方法です。つまり、従来の齲蝕経験に基づく診査に加えて、歯面の状態をコード0:健全、コード1:歯面乾燥後に検出される齲蝕によるエナメル質の色調変化(白斑など)、コード2:歯面乾燥前に検出される齲蝕によるエナメル質の色調変化、コード3:表層下脱灰の表層が崩壊したが、脱灰深さがエナメル質に限局、コード4:齲蝕による象牙質の色調変化がエナメル質を透けて検出、コード5:齲窩の大きさが歯冠の半分以下の象牙質に達した罷蝕、コード6:齲窩の大きさが歯冠の半分以上の象牙質に達した齲蝕、のように、齲蝕発生・進行プロセスに伴った診査を行い、コード1以上の歯面に対して齲蝕活動性をActiveとInactiveの2段階に診査する方法です。

一方、機器による方法は光学的な方法を用いて診査を行います。つまり、光またはレーザーを歯面に照射し、照射された光やレーザーによって生じた反応や光の透過性を画像化・数値化することによって初期齲蝕を検出・定量します。Quantitative Light-induced Fluorescence(QLF)法は初期齲蝕の検出・定量機器の1つで、歯の表面に冑紫色の光を照射することによって生じた歯の蛍光像をデジタル画像として保存し、画像解析から初期齲蝕の検出と定量を行う方法です。
今回、我々の講座で取り組んできたICDASやQLF法を用いた基礎研究、フッ化物配合歯磨剤やCalcium Phosphopeptide-Amorphous Calcium Phosphate(CPP-ACP)、緑茶由来のフッ化物配合チユーイングガムの摂取が初期齲蝕に及ぼす影響などについて、行ってきた研究成果や初期齲蝕の検出・定量法の問題点などについて報告する予定です。